■スーパーハイスクール(笑)
みなさん英語教育にしゃかりきですね。1月23日付毎日教育メールには関連記事が2件。
ひとつは、「【改革】小中一貫英語教育の実現へ国に『特区』を申請 金沢市」というもの。「国際的なコミュニケーション能力を持つ人材の育成」を目指したもので、総合的な学習の時間を削減することなどで対応するそうです。もうひとつは、「【改革】 「幼少中高16年一貫教育」を 北九州方式検討会議素案」という記事。英語だけで全教科を教育する「スーパーイングリッシュスクール」などを提案しています。
北九州の提案は、少なくとも「スーパー……」についてはばかばかしいの一語。そんなの、希望者がインターナショナルスクールに行くか英語圏の国に留学するのを援助すればいいでしょう。そういう生徒が日本の学校・社会で疎外されないようにすることを、 むしろ考えるべきでは?
だいたい名前がダメですね。入試では、「スーパー」が「イングリッシュ」にかかるのか「スクール」にかかるのか、受験生に問うてみるとよいでしょう(笑)。あえて英語で名づけるなら、「イングリッシュ・モノリンガル(monolingual)・スクール」ですかね?
文部科学省も英語と理科に特化した高校「スーパーハイスクール」を導入するとのことですが、まじめに英語教育をやるつもりがあるなら、わけのわからない和製英語をこれ以上乱発するのはやめてくださいよ。なんでそんなに「スーパー」をつけたがるんです か(苦笑)。関係者はみんなツッコんでるんじゃないかと思います。この場合、どうしても英語を使いたいなら「スペシャライズド」(specialized)か、いっそう高度な授業をやるという意味で「アドバンスト」(advanced)でしょう。いずれにしても注釈は必要ですが、せめて英語で説明するときに笑われない名前にしないと生徒がかわいそうですよ(笑)。
金沢市のいう「国際的なコミュニケーション能力」というのも、わかってないなあと思 います。英語よりもむしろコミュニケーションの意思と内容が問題なのであって、総合的な学習や国語の時間をディベートにあてたり、児童生徒の意見表明・参加を促進したりするほうがいいですよ。そういう意味では英語教育も、すぐれて子どもの権利条約第12条(子どもの意見の尊重)の問題でもあるのです。
英語ができるにこしたことはありませんが、どうしても流暢な英語を話さなければなら ない人がそれほど多くなることはないでしょう。ある程度の単語を知っており、発音・ヒアリングと文法の基礎ができていれば、必要が生じたときに鍛え直すことも充分可能 なはず。大切なのは、英語へのおそれや嫌悪感や劣等感を抱かないですむような授業や試験に変えていくことです。
英語教育に熱心なのは国際的な「大競争時代」とやらに備えてのことでしょうが、むしろ多様な外国語の学習を奨励したほうがビジネスチャンスはつかみやすいんじゃないかとも思います。「国際的」ときけば「英語」しか思いつかない時点で、しかもやたらと 「スーパー」を使いたがる時点で(笑)、すでにだいぶ競争に後れをとっているのでは?
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コメント
この話題にコメントするつもりではなかったんですが、
読んでしまったから。。。
”スーパー”って、なんか、好きな方々多いんですよね。
ウチの会社の社外向けSoftwareの名称って、たいがい
”スーパー”てついています。
(マーケット:市場 関係なのでしょうか。。。)
何でもあり(万能:含まれています)ということで
しょうか。
必要なものとか、用途に関係なく全てをカバー出来る仕様
というのが受け入れられると、どんどん特殊処理が入り
意味不明な部分が出てきそうですが、、、
#最終的に判断するのは、利用者(エンドユーザー?)なの
#でしょうがね。
投稿: い | 2004.01.28 01:09
トラックバックを付けた上に,コメントします。
しつこいようでごめんなさい。
>英語ができるにこしたことはありませんが、どうしても流暢な英語を話さなければなら ない人がそれほど多くなることはないでしょう。
この部分,同感です。
>大切なのは、英語へのおそれや嫌悪感や劣等感を抱かないですむような授業や試験に変えていくことです。
実際に授業をしているものにとっては,これが最も大切です。なかなかうまくいきません。全く知らない子とすでに1年生から英語教室に通っている子がいます。そして,私の英語の授業がへた。早稲田大学からALTの人がきていますが,その人たちは授業の専門家ではない。三重苦の状態です。
今の状態では,子ども達に良いわけがありません。
投稿: m-asai | 2004.02.02 07:01