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2004.01.06

■「共生」とは

平野が専門委員になっているアーユス仏教国際協力ネットワークのニュースレター(60号)に載っていた言葉。スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセーが「市民」の条件についてどのように述べているかを説明した内田樹『子どもは判ってくれない』(洋泉社・2003年)から抜粋したあと、編集長の松本智量さんがこう結んでいます。同感。

「『共生』は、みんな仲良くしよう、という意味では全くないことを知っておこう。『共生』とは、不快な、顔も見たくない隣人とも共に生きていくことを選択する覚悟であり、共にしか生きていけないという事実の承認なのだ」

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コメント

”共生”の話題、、、悟りとも思える言葉ですが、”共存””共合せずに””フラットに”、、、
個個がそれぞれの在り様で存在していることをうけとめる。
(アリ・ナシと選択して、思うこと・考えることを絞っていかずに居るなら、とっちらかった感じになる?)

#事が、存在していることは、紛れもない事実。
#全てを、あるがままの状態で考える(ん、何も考えないってことかも)
#ということではないのだな、きっと。(とっちらかった状態にしておく必要はないのだろう)

投稿: い | 2004.01.07 01:29

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