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2004.02.03

■「有害」情報一考

ジュネーブから帰ってきた日、留守中に発行された漫画雑誌をコンビニで物色していると、小学生4~5年かと思われる女の子2人組が一直線に18禁のコーナーへ。

見る人が見たら顔がひきつるシーンだなあと心のなかで苦笑しつつ、こんな女の子たちがいったいどんな「有害」情報を欲しているのかと横目で見ていたら、ひとりの女の子が振り向いて「えへへ」と笑い、「やっぱやめとこ」と逃げていってしまいました(笑)。かわいいもんですな。

でも、こちらが飲み物のコーナーに移動したら案の定戻ってきて、なにやら雑誌を開いて見ていました。そのあたりの棚においてある雑誌はどう考えても小学生の女の子が見たがるようなものとは思えず(時節柄あえて誌名は伏せますが)、いったい何の雑誌なのかどうしても気になったのですが、遠くからでもこちらの視線を意識したらしく、ピョンピョン出ていってしまって確認不能。べつにとがめるつもりはぜんぜんなかったんだけど、ごめんね(笑)。

で、単なるほほえましいエピソードということで終わりにしてもいいんですが、どうしてもほほえましいとは思えない人もいるでしょうから一言。

おとなが「これは子どもに見せたくない」という意思表示をするのは結構なことだと思うんですよ。だけど、おとなの視線を意識しながらそれをかいくぐろうとするのも子どもらしさなわけです。規制だ規制だと騒ぎ立ててとげとげしい視線を注ぐのではなく、女の子がえへへと笑うような、あるいは男の子がやべえとドキドキするような、そういう逃げ道のある視線を注げないものでしょうか。問われているのは、「おとなが子どもにどういう物理的環境を整えてあげているか」ということよりも、その環境のなかで(どのような)視線が注がれているか、ということだと思うのです。

というより、規制の必要性を言い立てる人はそもそも子どもに視線を注いでいるのか? 平野もしょっちゅうコンビニに行きますが、よくよく思い返してみれば、堂々と18禁の雑誌を見ている子どもなんてほとんど見たことありません。「堂々と」と言うより、18禁の棚の前に立ってる子どもさえ、まず見たことがない。都青少年健全育成条例改定に関する意見書で、「実際問題として青少年が『不健全図書』をどのように読み、どのように受容されているのかを調査しなければ、『極めて悪い環境』ということは不可能ではないでしょうか」と書いたのは、このエピソードが脳裏にあったからだなと、いまわかりました(笑)。

言い換えれば、コンビニの棚だけ見て「極めて悪い環境」などと決めつける人は、コンビニにもろくに足を運んだことがない、すなわち子どもに視線を注ごうとしない人たちなのではないか、ということです。子どもと向き合うのではなくコンビニの棚と向き合い、同じようにコンビニの棚と向き合っている子どもの姿を想像して、勝手に心配しているのではないかということです。いやあ非人間的な図ですね。

まずはなるべくコンビニに足を運び、『週刊文春』でも『AERA』でも立ち読みしながら子どもの様子を横目で見てみてはいかがでしょうか。ただし、おとなが立ち読みだけで済ませるのはさすがに店側に悪いので、なるべく買って帰りましょう。なお、間違っても袋とじをすき間からのぞこうとはしないでください(笑)。

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コメント

はじめまして、とにかと申します。
三児の母をしております。
子供の環境が益々悪くなる中で大人はどう向き合っていけばよいのか頭を抱えることが多いですが、平野さんの記事はとても参考になります。

投稿: とにか | 2004.02.05 16:43

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