« ■教育基本法改悪反対集会 | トップページ | ■「日本の恥」はどっちか »

2004.04.26

■「イラク戦争」検証と展望

*寺島実郎・小杉泰・藤原帰一(編)『「イラク戦争」検証と展望』岩波書店・2003年

イラク戦争の全貌がわかるかと思って買ったのですが、理論的総括が主眼なのでいまいち食い足りず。平野もけっこうインテリなほうだと思いますが、その平野にしてだんだん胸くそ悪くなってくるほどインテリゲンちゃんな本です。『世界』はたまに見るぐらいなのですが、これが「岩波文花」かあと感じ入りました。たぶん「イラク戦争」で検索して別の本を当たってみたほうが、イラク戦争の全体像を知るうえではわかりやすいでしょう。

もちろんいろいろと勉強にはなります。現在の世界情勢を徳川幕藩体制になぞらえた分析(111頁以下、藤原帰一「帝国の戦争は終わらない:世界政府としてのアメリカとその限界」)は興味深く読みましたし、米英が多国間主義から離脱しようとしたことと仏独がそれに対抗しようとしたことの対比(最上敏樹「造反無理:この、理を尽くさぬ戦争について」146頁以下)も参考になりました。

しかし、全体としては心にほとんど響いてきません。それはたぶん、40名におよぶ論者がそれぞれ何をしたいのか、多くの場合にはっきり見えてこないためでしょう。

とくに疑問を持ったのが、巻末に収録された「総合討論『イラク』後の世界を見すえて:湾岸戦争・9/11・『イラク戦争』」における被害者報道論議(317頁以下)。藤原帰一氏は、「犠牲者の視点があれば戦争の真実が報道されたという考え方自体に限界があるのではないか」、「〔犠牲者報道は〕戦争がいけないものだというメッセージと被害者の視点が先にあるわけで、それが客観的な戦争の表現なのかどうなのかは問題です」、「ある犠牲者だけを選ぶのは、プロパガンダであって、報道ではありません」などと指摘します。これに対して李鍾元氏は、「いわゆる弱者……の声を公的(パブリック)な場にのせることが求められるのではないでしょうか」と反論。藤原氏はさらに、「問題は、弱い者、貧しい者、虐げられた者、犠牲について語っていること自体の正当性ではなくて、それが具体的にどのような認識につながるのかということでなければいけない」と再反論しています。

いずれももっともな指摘ですが、藤原氏はあくまでも「犠牲者について語る」ことしか問題にしていません。どんなに取捨選択があるにせよ、報道を通じて「犠牲者自身が語る」ことの可能性は最初から念頭に置かれていないように聞こえます。

「映像で流される時の『無力な気の毒な人たち』というのは抽象なんですよ。そのような抽象を映像でつくり出すことはイデオロギーではないのか」という指摘もあり、それはそれでもっともですが、「無力」で「気の毒」なだけではない人々の姿を描き出すことができるのも(広い意味での)報道です。「真実」を「客観的」に伝えることのできる「公正な報道」などそもそも存在しえない以上、犠牲者の声と姿をとにかく伝えるところから始めなければしょうがないのではないでしょうか。

|

« ■教育基本法改悪反対集会 | トップページ | ■「日本の恥」はどっちか »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■「イラク戦争」検証と展望:

« ■教育基本法改悪反対集会 | トップページ | ■「日本の恥」はどっちか »