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2004.04.15

■政府は国民を守ってくれるか?~沖縄で考える

イラクで武装勢力に拘束されていた日本人3人が、15日、無事に解放されました。最悪の結果に至らなかったことを心から喜びたいと思います。

今回の解放は、政府が毅然として自衛隊撤退の要求を拒否した成果だという声もあります。しかし、はたしてそうでしょうか。4月16日付沖縄タイムズの社説は、今回の武装グループの行為に対してイラク国内でも批判の声が強かったこと、そして人質とされた3人の活動が評価されていたことを解放の理由として挙げています。日本でイラク救援にとりくんできたさまざまなNGOの間でも、ほぼ共有されている論調です。「そこ〔人質解放〕に、国家ではなく、個人の活動への尊重があったことの意味を考えたい」という沖縄タイムス社説の結語は、今後の復興支援のあり方を考えるうえで重要な意味を持ちます。

にもかかわらず、川口外相は「イラクにて人質とされていた邦人の無事保護」と題する談話であらためて自己責任原則を強調しました。「イラクの治安情勢は、予断を許さない状況にあり、政府としては、これまで『退避勧告』を発出した他、累次にわたり注意喚起を行ってきたが、そのような中で今回の事件が発生したことは誠に遺憾である。今後とも、イラクへの渡航はどのような目的であれ、絶対に控えることを強く勧告する。また、海外に渡航する邦人の方におかれては、『自らの安全については自ら責任を持つ』との自覚をもって、自らの行動を律するよう改めてお願いしたい」というのです。危険を承知で人道支援にとりくんできたNGOの実績があってこそ、今回の人質解放も実現したというのに。

今回の経緯を見るにつけ、数日前の更新日記で引用した沖縄タイムスに書いてあった、「日本の政府は国民の命を守らない」という言葉の正しさを実感します。そして、沖縄タイムスがかくも鋭い指摘を行ない続ける背景に、沖縄戦と戦後の日米沖縄支配という歴史があることは間違いありません。

平野も週末に沖縄に行き、AIPR(琉球弧の先住民族会)の若手メンバーの案内でいくつかの場所をまわってきました。沖縄戦の犠牲者約24万人の名前を刻んだ平和の礎(いしじ)の間を歩き、平和祈念資料館をひとしきり見学するだけでも、軍は市民を守るためにあるものではないということを実感します。そのことは、今回の人質事件をめぐる日本政府の対応であらためて明らかになったと言ってよいでしょう。個人と個人で何を築き上げていけるか、いっそう力を入れて考えていかなければならないのだと思います。

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コメント

「日本は国民の命を守らない」という論点は私も大賛成です。政府に都合が悪くなると国民を守らなくてもよいと政府が思っているふしがあります。

「中国残留孤児」や「残留婦人」の難民化を阻止して保護する義務が国にはあったはずなのに、それをしなかったがゆえに私たちは50年の時を越えて国家を断罪しようとしています。

百歩譲って難民化の際、つまり戦争直後に国家機関のうち「残留邦人」を保護できる機関はなかった、余力はなかったかもしれないとして、それから10年ぐらい経って国家経済が復興してきた時には十分に国家には「残留」させてしまった人々を調査して保護する余力があったのではないでしょうか。

投稿: 大河原 | 2004.04.17 17:00

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