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2004.05.09

■「ありのまま」について

子ほめ条例は考え直せば?」という記事について、ogiharaさんから「自然・あるがままという考えも簡単ではありませんね」というコメントをいただきました。

確かにそのとおりで、平野も基本的には「ありのまま」という表現は用いません。前に「最近読んだ本」で『心のノート』についてコメントしたときにも述べましたが、これはあまりにもフィクショナルな概念だからです。「本当の自分」という表現についても同様です。

人間社会で生きる以上、人はさまざまな影響にさらされながら自分を形成していきます。社会で生きる人間が自然状態でいることは原理的に不可能ですし、どこかにある「本当の自分」に到達できることもありえません。また、犯罪や人権侵害こそが自分の「ありのまま」の姿だと主張されたときに、そのまま犯罪や人権侵害を行ない続けるのを容認することもできません。

ですので、『心のノート』についてのコメントでは「とりあえず社会と折り合いをつけられ、なおかつ自分にとって一番心地よい自分」という表現を用いました。これだと長たらしいので「居心地のいい自分」と表現することもあります。川崎市・子どもの権利条例英訳(PDFファイル)を頼まれたときは、「子どもは,ありのままの自分でいることができる」(第11条)は"The child shall be able to be natural and comfortable self."と訳しました。

ザ・ブルーハーツの、というよりも真島昌利の「チェインギャング」という歌に、「仮面をつけて生きるのは 息苦しくてしょうがない」という言葉があります。けれどもそれは仮面をつけているからではなく、仮面があって(フィットして)いないから息苦しいのです。

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