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2004.07.21

■身柄引渡しは国際法上の義務か

アメリカは、時機を見てジェンキンス氏の身柄引渡しを求める方針を崩していないようです。アメリカも「落としどころ」は考えているとのことですので、ジェンキンス氏にとってもっともよい結果が得られるのであれば、アメリカの面子を立てつつ政治決着を図るという手もありかもしれません。しかし、国際法上、日本政府にジェンキンス氏の身柄引渡しが義務づけられているかというと、専門外ながらどうも疑問が残ります。

まず日米犯罪人引渡し条約についてですが、第2条を見るかぎり、いわゆる双方可罰主義(両方の国の法令で犯罪とされている場合に引渡しの義務が生じる)がとられているようです。ジェンキンス氏について問題とされている脱走罪は日本の法令では処罰されませんので、日米犯罪人引渡し条約の対象にはならないのではないかと思われます。また、第3条では「引渡しを求められている者が被請求国の法令上引渡しの請求に係る犯罪を行ったと疑うに足りる相当な理由があること」が引渡しの要件とされており、いまのところアメリカ側からこのような「相当な理由」は示されていません。

さらに、仮に脱走等が事実であるとしても、政治犯罪として引渡しを拒否する(第4条1項)という可能性もあります。この点、欧州評議会の犯罪人引渡しに関する欧州条約第6条で、「普通法上の犯罪を構成しない軍事犯罪を理由とする引渡しは、この条約の適用範囲から除外される」と定められていることも考慮する必要があるでしょう。なぜこのような規定が置かれているかは、説明書でも触れられていないのでわかりません。ただ、犯罪人引渡しは社会正義の国際的実現を目的として行なわれるものであって、普通犯罪を構成しない軍法・軍規等の違反は引渡しを義務づける性質のものではないと考えられたのではないでしょうか。

次に日米地位協定ですが、確かに、「合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服するすべての者に対し、合衆国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する」と規定されています(第17条1項(a))。しかし、逮捕や身柄引渡しについて日本が援助しなければならないのは、「日本国の領域内における合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族」が関わっているときのみです(同5項(a))。「合衆国軍隊の構成員」とは「日本国の領域にある間におけるアメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍に属する人員で現に服役中のもの」を指していますので(第1条(a))、朝鮮半島にいたジェンキンス氏はこれに該当しないと思われます。米軍がジェンキンス氏に対して在日米軍への配属命令を出せば形式的には日米地位協定にいう「合衆国軍隊の構成員」ということになりますが、刑事法の遡及適用禁止の原則からして無理があるでしょう。

たとえ法律解釈は何とかなるにしても、アメリカにこのような身柄引渡しを求める道義的資格があるかどうかはまったく別の話です。まず、沖縄をはじめとして在日米軍関係者による犯罪が頻発しているにも関わらず(沖縄の状況について沖縄タイムス特集「米軍関連の主な事件・事故」など参照)、日米地位協定では、起訴前に被疑者の身柄引渡しを受ける権利が日本には認められていません(第17条5項(c))。1995年9月の少女強姦事件をきっかけに日米地位協定の運用が見直されましたが、殺人・強姦等の凶悪犯罪の事案に限り、米軍側が起訴前の身柄引渡しに「好意的考慮」を払うことが合意されたのみです。しかし、昨年11月に沖縄県具志川市で起きた強姦未遂事件の場合、起訴前の身柄引渡しは拒否されました。身柄拘束の正当性は事案に応じて検討する必要がありますが、少なくともアメリカは、軍規に違反したかさえ定かではないジェンキンス氏の身柄引渡しを要求できる立場ではありません。

アメリカに対して憤りを覚えるもうひとつの理由は、軍規違反よりもはるかに重大な、それこそ世界中で裁きの対象とされるべき戦争犯罪、人道に対する罪およびジェノサイド(集団殺害犯罪)を対象とする国際刑事裁判所(ICC)について、同国が一貫して敵対的な態度をとってきたからです(ICCについては国際刑事裁判所問題ネットワークのウェブサイト参照)。それどころか、アメリカは世界各国に対し、自国民を国際刑事裁判所に引き渡さない旨の免責協定を締結するよう圧力をかけてきました(アムネスティ・インターナショナルのニュースリリース「国際刑事裁判所:米国民のみがジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪を免れるようになってはならない」参照)。ようするに徹頭徹尾自国の軍隊の利益しか考えていないわけで、アメリカにも少しは恥を知ってもらいたいものだと感じています。

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