■ITに殺される子どもたち
*森昭雄(著)『ITに殺される子どもたち:蔓延するゲーム脳』講談社・2004年
著者も版元もほんとにこりないですね(笑)。例によって論理的・非科学的記述がほとんど毎ページごとにあり、繰り返しもやたら多くていちいち相手をする気にもなりませんが、簡単にコメントを。
タイトルは、「ゲーム脳」、それに加えて著者が新しく目をつけたらしい「(ケータイ)メール脳」が少年犯罪の増加につながっているという含意を表しています。もちろん、その主張はほとんど何の根拠もない憶測と決めつけと妄想にもとづいて展開されています。以下、いくつかの例です。
*「二〇〇四年六月一日、長崎県内の小学校六年生が同級生にカッターナイフで殺害された事件は、あまりにも衝撃的で残酷すぎるニュースでした。(中略)加害児童はチャットやインターネットへの書き込みをひんぱんにしていたそうです。学校でも家庭でもコンピュータ操作をしていたのでしょう。そのことから考えると、ITに長時間かかわることで、人間としてもっとも大切な脳の部位、前頭前葉の働きが悪い状態になっていたものと推察されます」(3-4頁)
*「最近ではテレビやビデオにどっぷりつかり、映像の中身が子どもたちに悪影響を与え、それによって子どもがまるで洗脳されたかのように、極悪非道の犯罪行為まで起こすようになってきています」(6頁)
*「かつて起こった少女誘拐事件のうち、アニメおたくの青年二人が犯人だったというものがありました。仮想現実と、本当の現実との区別がつかなくなっていたのでしょう。アニメのビデオを見つづけたため、少女を自分たちのそばにおいておくことに、なんの抵抗も感じなくなってしまったという、アニメに洗脳された例です」(100-101頁)
こんな短絡的な主張ばかりしてまともに物事を考えようとしない姿勢こそが「殺される子どもたち」を生み出すんだよ。「ボタンひとつ押せば解決するような方法を覚えるぶん、試行錯誤しながら解決しようという力、忍耐力、じっくり考える、といった能力が育たなくなります」とコンピューター教育を批判していますが(20-21頁)、どの口でこんなことを言えるのやら。
とにかく著者は人の心がわからないようです。ある高校で講演をしたとき、「ぼくはゲームの世界では女の子とデートできますが、現実となると女性と話すことはできません」と生徒から言われたのを受けて、「ゲームの世界を自分のなかで実体験化してしまい、現実にできないことが不思議でならないのでしょう。/空想と現実との境目があいまいになっているのです」と述べているのですが(103頁)、意味不明。この発言は逆に、ゲームの世界と現実の世界がしっかり峻別されているとしか理解できません。「目を見て話さない子が増えている」こともITのせいにされていますが(21頁)、もともと日本では目をあわせていればいいというものではありませんし、だいたいこんな人とは目をあわせる気にならないでしょう(笑)。
基本的な事実認識にも首をひねる箇所が少なくありません。とくに笑えるのはIT関係の事実誤認。電子メールが「もともとはアメリカの国防総省(ペンタゴン)で、上からの命令に感情をこめず伝えるために開発された技術」という説(35頁)には爆笑しました。インターネットの前身とされるARPANETは確かに国防総省が設置したものですが、これは敵の攻撃でコンピューター・ネットワークが致命的な影響をこうむらないよう分散型システムを構築しようという戦略にもとづくもので、電子メールはむしろ学術関係者が意見交換のために利用しはじめたものです。
また、残念ながら(笑)本書には収録されていませんが、「テトリスはソ連で開発された軍事用ゲームで、人間性を殺して殺人マシーンにするために兵士にさせていた」という説もあちこちで吹聴している模様(「日本大学森教授が越谷の講演で語る 森氏:テトリスは殺人教育ソフト」など参照)。ゲームといえばブロック崩しぐらいしか熱中したことのない平野でも、ちょっと調べれば、テトリスはソ連科学アカデミー・コンピューターセンターのアレクセイ・パジトノフが中心となって人間の処理能力を研究するために開発されたソフトらしいということはわかります(たとえばアレン氏による「ゲーム用語の基礎知識」参照)。
その他、多動児や自閉症の児童が増えていると書いていますが(94頁)、これは実数が増えているというよりも、社会的認知の向上や診断基準の標準化による結果と考えるのが妥当ではないでしょうか。「中高年でキレる人が増えて」いるのもコンピューターのせいにされていますが(109頁)、やはり根拠の提示はなし。
来る日も来る日も他人の脳波の波形ばかり見つめていて、人間観察や社会状況の考慮をないがしろにしていたら、こういう非論理的・非科学的・非人間的思考が身につくのかもしれませんね。確かに幼い子どもにはテレビゲームなど与えないほうがいいでしょうし、ゲームのやりすぎはよくないとも思います。しかし、「ゲーム脳」などというめちゃくちゃな考え方を「蔓延」させて思考停止を促進してしまうほうがよっぽど有害。くれぐれもこんな本にひっかからないようにしてください。
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