■路上に自由を
*小倉利丸(編)『路上に自由を:監視カメラ徹底批判』インパクト出版会・2003年
やはり人々の不安につけこむ形で全国的に急増している「監視カメラ」を、各論者がさまざまな視点から批判的に検討した本。問題は監視カメラがプライバシーや肖像権の侵害につながるというだけではないこと、したがって条例や内規で適正な運用を確保すればよいというわけでもないことが、説得力ある形で示されています。
とくに小倉利丸「監視カメラと街頭管理のポリティクス:ターゲットにされる低所得層とエスニック・マイノリティ」(4頁以下)は、監視カメラに象徴される権力者の(そしてそれに同一化する一般市民の)差別的・人種主義的「眼差し」と、その眼差しを内面化することで増幅される「不安」の問題を正面から取り上げていて読み応えがありました。
さらに、監視カメラを通じた差別的な眼差しは、犯罪の可能性とは関係なく、監視カメラの視点に立つ者から見て不快・迷惑な人に対しても向けられます。山口響「監視カメラ大国イギリスの今」(82頁以下)によれば、公的空間に設置された監視カメラは「刑法上の犯罪とは関係のない部分に関しても多用されて」おり、たとえば「十代・男・黒人・スポーツウェア/サブカル系衣服や帽子の着用者・ホームレス」が監視・排除の対象にされやすいということです(103~104頁)。日本の監視カメラの導入状況についてきめ細かく取材した小笠原みどり「視線の不公平――くらしに迫る監視カメラ」(48頁以下)でも、路上等にたむろする若者たちを映したいという商店街関係者の声が紹介されており、日本でも同様の差別的眼差しが浸透していることがわかります。
そのうえ、監視カメラが犯罪防止や犯人検挙に役立っているかというと、さまざまな報道でかもし出される印象とは逆に、必ずしもそうとは言えないようです。英国・内務省の委託研究でも「監視カメラの犯罪予防効果には疑問が呈され、カメラのある駐車場では犯罪が41%減少するものの、犯罪全体ではわずか4%しか減少しないとされている」とのこと(山口・103頁)。警察が全国展開してきた「Nシステム」(自動車ナンバー自動読取りシステム)も、その本来の目的であるはずの「盗難車両の捜査」にはほとんど役に立ってこなかったようです(浜島望「Nシステム――4桁(プラスα)ナンバーで国民監視」166頁)。つまるところ、「監視カメラが起きるはずの犯罪をなくしていると示す証拠はどこにもない。犯罪が起きた後に、捜査の一資料として使われることはあっても、不可欠ともいえない。さらに重要なことに、監視カメラは犯罪の原因を決して解明できない」(小笠原・52~53頁)ということでしょう。
その他、監視カメラの設置・運用をめぐるさまざまな問題点も指摘されており、広く読んでほしい本です。さらに関心のある方は小倉利丸(編)『監視社会とプライバシー』(インパクト出版会・2001年)も参照。「監視といいながらビジネスの支援ツールとするというのが今回の監視社会の特徴」(18頁)という斎藤貴男氏の指摘(「プライバシーと監視社会」6頁以下)は重要です。
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